特集コンテンツ

不当表示事件とJARO設立 法規制と自主規制の必要性

伊従 寛

弁護士、JARO審査委員会副委員長

JAROは1974年に設立されたが、これには1962年に制定された景品表示法とその運用が大きな影響を与えたと考えられる。私は当時、公正取引委員会(公取委)事務局に勤務しており、同法の運用に関わったので、その頃の状況を紹介したい。

不当表示規制の始まり

にせ牛缶事件

毎日新聞(1960.9.4)

1960年8月ににせ牛缶事件が起こった。横浜市の一消費者が購入した牛の絵の付いた牛肉大和煮の缶詰の肉が、牛肉ではなく鯨の肉だったという事件で、その相談を受けた主婦連合会が市販品を試買したところ、牛の絵のついた大和煮缶詰の肉はほとんどが馬肉であることが分かった。

厚生省にこの問題の検討を求めたが、同省は、食品衛生法は国民の健康保護が目的で、鯨肉も馬肉も食品として販売を許可しており規制できないとした。そこで、主婦連合会はこの問題を公取委に相談に来た。

公取委では1950年ころから、米国・連邦取引委員会(FTC)がFTC法5条の「不公正な取引方法」として不当表示を規制していることを知っていたが(『公正取引』1951年10月号)、公取委はFTCの不当表示の規制状況を再度確認した上で、この問題について業界と折衝することにした。米国では、独占禁止法は自由経済の基本法であるとし、「自由で公正な競争」の促進の見地から、自由競争を破壊する「価格カルテル」と公正競争を妨げる「不当表示広告」をそれぞれ最大の規制対象としており、日本では後者の規制が行われていないことが分かった。ちょうど私は、この問題を取り扱っていた公取委の経済部調整課に一事務官として勤務していた。

独占禁止法19条は「不公正な取引方法」を禁止し、その対象行為は同法2条6項に基づいて公取委が指定できることとなっており、その行為の一類型として消費者の商品選択を歪める「不当誘引行為」があった。この規定に基づいて、畜肉缶詰の不当表示を「特殊指定」する指定案を作成し、1960年12月に公聴会を開いた。

公聴会では、主婦連合会など消費者団体が、「さまざまな不当表示により消費者の商品選択や公正な競争が阻害されて不利益を受けており、この全ての行為を『不公正な取引方法』として厳しく広く規制してほしい」と主張した。当該缶詰業界は、「このような不正表示は他の業界でも行われており、当業界だけの特殊指定ではなく、一般的な規制が必要である」とした。

そして、学識経験者からは、神戸商科大学の水野良象教授が「食品は医薬品と同様に国民の健康に重要であり、そのため食品の使用原材料の表示は正確でなければならない」と述べ、東京大学の矢沢惇教授は、「この種の規制は、特定の業界のための『特殊指定』よりは産業界一般に適用される『一般指定』を、さらに『一般指定』より特別法の制定が望ましい」と述べた。

この公聴会の後、1961年2月に畜肉缶詰業における不公正な取引方法の特殊指定が行われた。この指定に対応して、日本缶詰協会(現日本缶詰びん詰レトルト食品協会)では、業界の自主規制のための規約の作成を始めた。この特殊指定は、公取委の不当表示規制の実際的な開始を意味している。この指定に関して、『公正取引』125号(1961年2月号)は、「ぎまん的取引方法の規制」の特集号となっており、そこでは上記公聴会および海外のぎまん的取引方法の規制の記事が掲載されている。

「特殊指定」に基づく自主規制型の規制

この特殊指定による規制は、米国FTC法の下での業種別「取引慣行規則」(Trade Practice Rule)を参考にしていたが、当時米国ではこの規則が約200業種で設定され、それぞれ業界の「取引慣行会議」(Trade Practice Conference)が自主規制を実施していた。米国は自由私企業体制の国で、米国独占禁止法もこの体制の下で自由で公正な競争を促進する法律である。業界の不公正な競争、特に「不当誘引行為」の対策では、同業者間の過当競争が不正行為を蔓延させるので、それには同業者間の自主規制が効果的であるとして、自主規制を重視した規制が行われていた。

わが国の経済は、1950年頃に戦後の経済統制が撤廃され、産業界の販売競争が激しくなり、消費者を不当に誘引する景品付販売が流行し始めた。これが消費者の商品選択を妨げる「不当誘引行為」に該当するとして、独占禁止法2条6項(現行法2条9項3号)でいう「不公正な取引方法」の一類型として、1952年4月頃から業種別に「特殊指定」が行われて規制されていた。対象業種は、しょうゆ業、みそ業、マーガリン業、マッチ業、新聞業、教科書業などであり、各業種別に「公正取引協議会」が設立されていた。

この「不当誘引行為」の規制では、業界の過当競争から不正行為が起こって横並び意識で同業界全体に波及するので、効果的な規制のためには「不当誘引行為」を行う事業者自らの自主規制が重視され、米国の「取引慣行規則」による自主規制が参考にされていたのである。そこで不当表示規制においてもこの方式が採用された。

広告業界も納得した景品表示法制定

大衆消費社会の出現と不当顧客誘引行為防止法案の作成

産経新聞(1969.2.20)

にせ牛缶事件が拡大して社会問題化した背景としては、わが国経済が1960年代に高度経済成長時代に入り、重工業と並んで消費財産業が発展し、大衆消費社会が形成されたことがある。テレビなどの広告媒体も発達し、広告活動が急激に拡大してさまざまな消費者問題が生じ始めた。「チューインガムで1,000万円」とか「○○を飲んでハワイに行こう」などの派手な景品付広告も行われ始めた。また、これに対応して消費者物価対策が重視され、1962年には米国でケネディ大統領の消費者教書が公表されて、わが国でも経済企画庁の国民生活審議会を中心に消費者行政が推進される状況があった。

このような状況の下で、消費者の商品選択を歪める「不当誘引行為」の規制の重要性は高まっていた。公取委では1961年8月から、「景品付販売」と「不当表示」の2つを併せた「不当誘引行為」の規制を効果的に行うための「不当顧客誘引行為防止法案」の立案作業が進められ、それは1962年3月29日に「不当景品類及び不当表示防止法案」として閣議決定された。

この法案は「不当景品類の提供」を規制し(3条)、「不当表示」を具体的に特定して禁止し(4条)、この2つの行為に対して簡易な事前聴聞手続きを経て排除命令を出すこと(6条)と、関係業界は「不当誘引行為」の防止のために「公正競争規約」を設定できること(10条)を規定していた(同法制定の詳しい経緯については、公取委『独占禁止政策五十年史』(上)135ページ以下参照)。

「公正競争規約」制度は西ドイツの制度を参考にしている。当時米国では、FTC法5条の「不公正な取引方法」に関しては業種別の「取引慣行規則」が設定され(約200業種)、その具体的な運用は当該業種の「取引慣行会議」が自主規制制度として広く運用されていた。この米国の制度を参考に、西ドイツの1957年の競争制限禁止法(独占禁止法)28条は、不正競争防止のための民間業界が「公正競争規約」を設定できることを規定していた。1958年9月に国会に提案された独占禁止法改正法案は、このドイツの制度を参考にして「公正競争規約」制度(24条の2)を採用しており(同改正法案は同年12月に廃案)、この公正競争規約制度が景品表示法案に導入された。

掲載されている記事・画像などの無断転載・複製を禁じます。