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不当表示事件とJARO設立 法規制と自主規制の必要性

伊従 寛

弁護士、JARO審査委員会副委員長

合成レモン事件きっかけに次々明るみに

合成レモンのマスコミ広告問題業

毎日新聞(1967.5.12)

1967年初期に、「レモン飲料として、新鮮なレモンのビン詰などとマスコミで広告している製品は、クエン酸を主体にした合成レモン飲料ではないか」との投書があった。市販品約50点を試買して原料分析を依頼したところ投書の通りであったので、関係事業者の事務所への立入検査を行い、原料の購入先を確認して事情聴取を行った。

ほとんどの事業者は中身が合成レモンであることを自ら認め、「そもそもレモン果汁は極めて不安定で果汁飲料として販売するのは困難」と言う者もいた。

この事件について事前聴聞の後、委員会で審議した。委員会ではマスコミ広告が大々的に使われているので、是正指導ではなく排除命令を出すこととした。その場合、圧倒的に販売量の多い1社だけに出すのではなく、同様の不当表示をしていた有力10社に出すことが決まり、9社の聴聞をした後、同年6月に10社に対して排除命令を出した。

この影響は大きかった。その理由は、当該商品の売上額最大のP社は、全国紙に月2~3回全ページ広告をしていたし、他の事業者もテレビ・新聞・雑誌等のマスコミにカラー広告を活発に用いて、レモン果汁飲料を意味する文章や絵を使っていたからである。

この10社には広告業界でも有力な著名食品会社が含まれ、大手媒体、大手広告会社も関係していたことから影響を大きくした。排除命令を受けた会社はこの問題を争うか否かを検討したが、争うことはできないとして命令を応諾した。

この事件を新聞・テレビなどマスコミが大々的に報道したが、「マスコミは自分で不当表示に加担しながら、今回はその広告が不当表示だというのは何事か」という批判も出た。ある新聞社の広告局長から、今回のような問題は急に出されると後で大きな混乱が生じるので、事前に注意してもらえないか、という質問を受けた。

それに対して私が答えたのは、今回の問題に限って考えれば事前注意が適当であろうが、もし今回の問題をそのように扱えば、次の問題の時にも同様に扱わざるを得なくなり、その後これが繰り返されれば、公取委の注意があるまでは安全だということになる。これでは広告の自主規制を進めるインセンティブはなくなる。今回のような明白な問題は、広告媒体が広告主に質問して確かめれば分かることであり、このような明白かつ重要な問題に対しては、公取委は抜き打ちバッサリに排除命令を出す方が、業界や事業者が広告の自主規制を真剣に考えるために効果があると考える、ということであった。

合成レモン広告では、消費者から、レモンと思って化粧品として使っていたとか、入浴に使ったなど全くだまされたとする憤慨報告も来て、マスコミ広告の影響力の強さが実感された。

不当表示の社会問題化

毎日新聞(1967.6.14) 毎日新聞(1967.12.21)

合成レモン問題が大きく報道されると、マスコミは次から次へと他の不当表示の例を報道し始め、砂糖を使ったはちみつ、粉乳を還元した新鮮牛乳、マーガリンを混入したバター、醸造酢と表示した合成酢、リンゴを混ぜたいちごジャム、オリーブ油を使わないオリーブ石鹸、天然真珠という人造真珠、着色した宝石、背の伸びない伸長機など、次々に不当表示の事例が報道され、不当表示問題は社会問題化した。

定員7人の景品表示課は排除命令と規約指導で昼夜の別なく忙しかった。不当表示関係の排除命令は1965年度以降、年度ごとに14件、16件、50件、55件、49件となり、表示関係の警告は60件、201件、365件、415件、495件であった。

民間自主規制の重視が眼目

公正競争規約への努力

表示関係の公正競争規約の設定は1966年度以降、年度ごとに1件、4件、4件、4件と増えている。規約の検討も、合成レモン、飲用乳、食酢、はちみつ、果実飲料等などの食品業界のほか、人造真珠、自動車、化粧品、家電製品などにも拡大する情勢であった。現在(2014年)、業種別の規約は、景品関係37件、表示関係67件で、表示関係の規約は不動産、自動車、家電製品、銀行などかなり広範であるが、大半は食品関係である。

このような業種別の自主規制とは別に、広告関係者による全般的な広告自主規制を促進する必要があり、この問題が残っていた。

全般的な広告自主規制の必要性

排除命令や警告は、公表されるとマスコミで取り上げられ強い衝撃を与えるが、その効果は一時的である。それに比べると、公正競争規約による自主規制は地味ではあるが、恒常的に広告・表示の適正化に役立つことは明らかである。しかし、対象がその業界の広告・表示に限定され、多くの場合にはその業界の現実的な秩序の維持が目的である。

広告活動は業種を問わず広く行われ、自由経済の需要開拓の重要な手段であり、企業と消費者との間の最も現実的な接触の場である。この広告に不誠実があれば、消費者は広告も企業も信用しなくなり、広告業界も自由私企業体制も崩れかねない。そのためには、企業倫理の観点から、広告業界の一般的・全体的な広告自主規制体制が必要である。

このような意味では、広告における誠実さと品格を守るために、広告業界を広く網羅した企業倫理に基づく自主規制体制が、個別業界の自主規制とともに必要とされる。

全日本広告連盟との関係

広告業界では全日本広告連盟(全広連:事務局は東京広告協会)が中心となって、傘下の広告媒体・広告会社・広告主の各社や各団体が広告倫理綱領などを策定している。

広告業界では全般的な広告自主規制についてかねてから関心を持っていたが、1966年に不当表示規制が拡大する頃から、全広連と公取委との接触が活発になり、全広連の広告倫理関係の委員会(座長・日立家電の和田可一理事)は毎月のように景品表示課から不当表示の規制状況を聞き、それを会員に伝えつつ自主規制の検討を進めていた。私はしばしばこの委員会に行って話をし、それは記録となって全広連の会員に配られていた。また、日本新聞協会、日本民間放送連盟、日本雑誌広告協会などの広告媒体団体の考査部門の会議とも接触し、広告の自主規制との関係を深めた。

広告媒体は各社で独自に広告考査をすると同時に、それぞれの媒体の団体で広告考査問題を協議しており、そこで公取委との意見交換が行われた。

米国BBBの紹介

1962年6月末、国連の食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の合同食品規格委員会(CODEX委員会)の食品標示(Label)委員会の会合がカナダのオタワであり、私はそれに出席することになった。その会合後、米国のFTCの広告規制と広告自主規制団体ベター・ビジネス・ビューロー(BBB)の広告規制の調査を行ったが、その概要を全広連の講演で紹介した。その内容は次のようなものだった。

FTCの不当表示(ぎまん的表示)規制の目的は、消費者に誤認を与える表示の排除であり、そのための立法も時代の推移に応じて強化されている。当時、商品ラベルに一定事項の記載を義務付ける法律の制定が盛んであったが、基本的には民間業界の自主規制が円滑に実施されるように規制が進められている。

民間の全般的な広告・表示自主規制団体として、業種別の自主規制の他に、広告全般の自主規制団体として12万以上の企業からの匿名の出資によるBBBがある。全国で125カ所の支部のほか、カナダ・イスラエルなどにも支部があり、消費者の広告に関する苦情処理や消費者教育などを活発に行っている。「広告に真実を」(Truth in Advertising)をモットーに、消費者に商品のすべての情報を提供して、商品広告に隠された不正を企業自ら消費者に開示するとし、資本主義の良心として匿名で献身的に活動している。広告は需要開拓の重要手段であると同時に、企業と消費者との間の最も重要な接触の場であり、その広告に不正があれば消費者の自由私企業体制に対する信頼を破壊することになる。

BBBの活動の根底には、広告から不正を排除し、広告の真実と品格を確保して、消費者の信頼を企業自らの手で確保する必要があるという強い信念がある。自由私企業体制と誠実さ(広告における真実)が表裏の関係で結び付いている。

この講演内容は、『全広連シリーズ5 不当表示とその規制の問題』として1967年12月に全広連から出版された。なお、最近のFTCの規制とBBBの活動については、伊従・矢部編『広告表示規制法』(青林書院、2009年)の巻末付録「海外の不当広告表示規制法」第1章「米国」(681~702ページ)に詳しい紹介がある。

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